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福岡地方裁判所小倉支部 昭和37年(わ)171号 判決 1964年3月16日

主文

被告人白石利一を懲役二月に、

被告人山本万治を懲役三月に、

被告人加賀城詩郎、同橋津祐成、同国丸貞敏を各懲役二月に処する

被告人に対し、この裁判確定の日から一年間

それぞれ右刑の執行を猶予する。

訴訟費用中、証人木村栄一、同菊田正人及び同伊藤謹吾に支給した分は、被告人山本万治、同加賀城詩郎、同橋津祐成及び同国丸貞敏の連帯負担とし、その余は、全部、全被告人等の連帯負担とする

本件公訴事実中

(一)  坂岡哲吉、間馬富祐、大石積男及び香椎哲明に対する各公務執行妨害の点につき、被告人白石利一、同加賀城詩郎、同橋津祐成及び同国丸貞敏はいずれも無罪

(二)  塩塚美敏に対する公務執行妨害の点につき、被告人白石利一及び同山本万治はいずれも無罪

理由

(罪となるべき事実)

被告人白石利一は、福岡県教職員組合(以下福教組と略称する)行橋京都支部副支部長にして、昭和三六年九月二六日京都郡苅田町富久町一丁目苅田町立南原小学校において実施された学力調査に際し、これを阻止する目的にて編成された調査反対統一行動員の隊長、同山本万治は、豊国セメント労働組合副組合長にして、右調査反対統一行動員の顧問、同加賀城詩郎は、全日本自由労働組合福岡県支部苅田分会委員長にして、右調査反対統一行動員の班長、同橋津祐成は、石苅田分会書記長、同国丸貞敏は、同分会副委員長で、いずれも、右調査反対統一行動員の班員なるところ、同日苅田町教育委員会が、右南原小学校において、同校長久留欽也を責任者として実施した学力調査を阻止しようと企て、

第一、被告人白石利一は、前同日午前八時一〇分頃、右校長久留欽也の管理に係り、同人が実施責任者として、学力調査を実施中の同校西側本館二階の六年校舎内に、故なく侵入し、

第二、被告人山本万治、同加賀城詩郎、同橋津祐成及び同国丸貞敏は、外数一〇名と共謀のうえ、同時刻頃、右同校西側本館校舎内に、故なく侵入し、

第三、被告人山本万治は、前同日午前八時一五分頃、

(一)  外数名と共謀のうえ、同校舎二階の当時の六年五組の教室に至り、折柄同教育委員会事務局職員にして、同委員会の命によりテスト補助員として同組の学力調査を実施していた坂岡哲吉に対し「椅子に座つたまま抱え出す今出てくれなければ後の責任はもてない。」等と申し向け、右調査を断念せしめようとしたが、同人が「責任者の指示がないと出れない」とこれを拒否するや、両側から同人の両腕をつかんで、強いて教室外に引き出して、以つて暴力を加えて、その職務の執行を妨害し、

(二)  外数名と共謀のうえ、同校舎二階の当時の六年四組の教室入口附近において、同教育委員会事務局職員にして、同委員会の命によりテスト補助員として同組の学力調査を実施していた間馬富祐に対し、「話合いで皆出てもらうように話しているから出てくれ」等と申し向け、右調査を断念せしめようとしたが、同人がこれを拒否するや、同人の両腕をつかんで、強いて教室外に引出そうとするなどの暴行を加えて、その職務の執行を妨害し、

(三)  外二名と共謀のうえ、同校舎二階の当時の六年三組の教室内に至り、同教育委員会事務局職員にして、同委員会の命によりテスト補助員として、同組の学力調査を実施していた大石積男に対し「外の二人の補助員は教室から出ているから君も出てくれ。うそと思うならみてくれ」と申し向けて、右調査の中止を促し、その言葉の真偽を確かめるため、二三歩教室出入口の方へ歩きかけた同人の両側から、いきなり同人の両腕をつかんで、「出ろ、出ろ」といいながら、強いて同教室外に引き出し、以つて暴力を加えて、その職務の執行を妨害し、

(四)  外一〇名位の者と共謀のうえ、同校舎二階の当時の六年二組の教室内に至り、同教育委員会事務局職員にして、同委員会の命によりテスト補助員として同組の学力調査を実施していた香椎哲明に対し、「話がつき皆出ているからあなたもこの教室から出てくれ、今出ないと後の責任はもてない」と申し向け、或いは、更に、同人の手をとつて「出ましよう」と云つて右調査の中止を促し、要求に応じないときは、同人の身体等に危害を加える如き言動をなして脅迫し、その旨同人を畏怖させ、同調査を断念せしめて、その職務の執行を妨害し、

第四、被告人加賀城詩郎、同橋津祐成及び同国丸貞敏は、共謀のうえ、前同日午前八時二〇分頃、前同校舎二階の当時の六年一組の教室内に至り、同教育委員会事務局職員にして、同委員会の命によりテスト補助員として、同組の学力調査を実施していた塩塚美敏に対し、「他の者も出たんだ。廊下に出てくれ」等と申し向け、右調査を断念せしめようとしたが、同人が「そんな筈はない。うそを云うな」とこれを拒否するや、「じや、出てもらわにやしようがない」と云つて、両側から、同人の両腕をつかみ、或いは押すなどの暴行を加えて、強いて教室外に引き出し、その職務の執行を妨害したものである。

(証拠の標目)<略>

(法令の適用)

被告人白石利一の判示第一の所為は、刑法第一三〇条罰金等臨時措置法第三条第一項第一号に該当するので、所定刑中懲役刑を選択し、その所定刑期の範囲内で、同被告人を懲役二月に処することとし、

被告人山本万治の判示第二の所為は、刑法第六〇条第一三〇条罰金等臨時措置法第三条第一項第一号に、判示第三の各所為は、いずれも刑法第六〇条第九五条第一項にそれぞれ該当するところ、右の建造物侵入と各公務執行妨害との間にはそれぞれ手段結果の関係があるので、同法第五四条第一項後段第一〇条により、結局以上を一罪として最も犯情の重い坂岡哲吉に対する公務執行妨害の罪の刑をもつて処断することとし、所定刑中懲役刑を選択し、その所定刑期の範囲内で同被告人を懲役三月に処し、

被告人加賀城詩郎、同橋津祐成及び同国丸貞敏の判示第二の所為は、各刑法第六〇条第一三〇条罰金等臨時措置法第三条第一項第一号に、判示第四の所為は、各刑法第六〇条、第九五条第一項にそれぞれ該当するが、右の建造物侵入と公務執行妨害との間には手段結果の関係があるので、いずれも同法第五四条第一項後段第一〇条により、一罪として犯情の重い公務執行妨害の罪の刑をもつて処断することとし、いずれも所定刑中懲役刑を選択し、その所定刑期の範囲内で、右被告人加賀城詩郎、同橋津祐成及び同国丸貞敏を各懲役二月に処するが、情状刑の執行を猶予するのを相当と認めて、各被告人につき、いずれも同法第二五条第一項を適用して、この裁判確定の日から、一年間それぞれ右各刑の執行を猶予することとする。

なお訴訟費用については、刑事訴訟法第一八一条第一項本文第一八二条により、証人木村栄一同菊田正人及び同伊藤謹吾に支給した分は、被告人山本万治、同加賀城詩郎、同橋津祐成及び同国丸貞敏の、その余の全部については、被告人白石利一を含む全被告人らの連帯負担とする。

(弁護人の主張に対する判断)

第一、学力調査の適法性及び公務性について

弁護人は、本件学力調査は、文部省の教育内容に対する介入であつて、憲法第二六条、第二三条、教育基本法第一〇条に違反し、更に地方教育委員会に調査を拘束的に実施させた点で「地方教育行政の組織及び運営に関する法律」(以下地教行法と略称する。)第五四条第二項にも違反する違法な行政権行使である。従つて、その具体的な実施に対し、被告人等が反対行動をとつたとしても、公務執行妨害罪は成立しないと主張する。

そこでまず教育行政権行使の限界、次いで本件学力調査の適法性、最後に、公務執行妨害罪における公務の意義、及び本件テスト補助員の実施行為の公務性について、順次検討することとする。

一教育行政権行使の限界について

教育基本法第一〇条は、第一項において、「教育は、不当な支配に服することなく、国民全体に対し直接に責任を負つて行なわれるべきものである」と規定している。右にいう「不当な支配」とは、教育の政治的中立性を阻害するような一党一派に偏した干渉をさし、党派的勢力として政党その他の政治団体、労働組合、宗教団体、財閥等はもとより、国又は地方公共団体という教育につき公の権力を行使する権限をもつものもまたここにいう「不当な支配」の主体となりうるものと解する。

もつとも法制的根拠をもつ行政的支配は、右の「不当な支配」に当らない、とする見解もある。ところが「不当な支配」であるか否かは、専ら教育の政治的中立性、即ち教育内容、教育方法または教育行政の中立性を害する危険があるか否かによつて判断すべきものであるから、主体が何であるか、ないしはその法律上の権限のいかんによつて左右されるべきものではない、と解するのが相当である。

戦前におけるわが国の教育が、軍部の介入、或いは官僚等の不当な外部的干渉によつて、その内容がゆがめられてきた経験に徴し、教育をこれらの官僚的支配より脱却せしめようとした教育基本法の立法の経緯に鑑みれば、国家権力、たとえそれが法制的根拠をもつ行政的支配によるものであつたにせよ、そのような支配を不当とし、その介入を排斥することこそ、右法条の本来の精神に外ならない、と解すべきである。教育がその本質上「不当な支配」に服すべきでないことは右に述べたとおりであるが、かといつてこのことは直ちに教育の無統制、自由放任を許すことを意味しない。教育は自由でなければならない。真の教育はのびのびした自由な精神的環境の中においてのみ育つ。しかしだからといつて、国や地方公共団体は、教育に関し、全然発言権をもたず、教育を自由放任に委しておかなければならないことにはならない。教育は国家社会の最も重大な関心であり、教育の振興は、国や、地方公共団体の果さなければならない重大な使命の一つである。従つて、国や地方公共団体は、教育に関し、積極的な役割を演ずべき義務を負つている。ここに教育行政の存在すべき必要性があるのである。しからば教育行政の任務と限界はどこに求めるべきであろうか。それは右にみた教育の本質に鑑み、その自由、自主性を尊重し、教育の具体的活動内容に立ち入つて監督命令することであつてはならない。監督命令ではなくて、援助助言でなければならないのである。

同法第一〇条第二項の「教育行政はこの自覚のもとに教育の目的を遂行するに必要な諸条件の整備確立を目標として行なわなければならない」という規定は、右に述べた精神を前提とし、正に教育行政の目標と、その限界を示したものである。従つて、右にいう「諸条件の整備」とは、教育内容や、教育方法等にわたらない外的事項、つまり教育の外的条件の整備例えば施設の設置管理・教職員の人事・教育財政等を意味し、前に述べた教育の特殊性から、教育の自主性を重んじ、教育の外にあつて、教育を守り育てるための諸条件を整えることに、その目標を置くべきことを規定しているものと解するのが妥当である。

かといつて、行政は、教育内容や方法等の内的事項につき、全く無権限であると断ずることは行き過ぎた見解である。不当な法的支配にわたらない大綱的基準の立法や、指導助言的行政は、当然に教育行政の任務として承認されるべきである。文部省設置法が、教育機関の運営に関して及び地方の教育に関する行政の組織及び運営について、指導助言及び勧告を与えることを文部省の主要な権限とし、その権限の行使に当つても法律に別段の定めがある場合を除いては、行政上及び運営上の監督を行なわないものとしている(同法第五条)のも右の趣旨に解すべきである。

しかも右にいう指導助言とは、教育行政以外の一般行政にみられる指揮監督と異り、勧告の一種に過ぎず、何らの法的拘束力を有しないものである。これは教育行政の対象が自由を要求し、高度の自主性・専問技術性を要する作用であるため、指揮監督によつては真の行政目的を達し得ないという教育の特殊性によるものである。

二、本件学力調査の適法性について地教行法第五四条第二項によれば、文部大臣は、教育委員会に対し、都道府県委員会は、市町村委員会に対し、それぞれその担当区域内の教育に関する事務に関し、必要な調査・統計その他の資料又は報告の提出を求めることができ、一方、同法第二三条第一七号によると、教育委員会は教育に関する調査の管理、執行権限を付与されている。

本件学力調査は、文部大臣の右調査報告の提出要求に基づき、右調査報告の提出を求められた教育委員会が、その権限に基づく事務の管理執行として行なう教育に係る調査であるとして、調査の期日・時間割・教科・問題・作成・実施手続等の一切が文部省当局により企画されたものである。

しからば、本件学力調査は、地教行法第五四条第二項の調査として有効に行なわれたものといえるのであろうか。この点につき、当裁判所は、次のように考える。

地教行法第五三条によれば、文部大臣は同法第五四条第二項による外、国家事務として文部省が自ら行い、または、教育委員会に機関委任事務として指定事項の調査を行なわせることができるのであるから、これとの対比において考えると、前記地教行法第五四条第二項は同条第一項の規定をうけ、各教育行政機関において、既に自主的になされた調査・統計その他の資料について、これを文部大臣が有効に利用するために報告を求める場合をさし、本件学力調査の如く、文部省の企画の下に、専らその指導により行なわれる調査のごときは、同法第五四条第二項に基づく調査には当らない、と解する。

行政的事実の調査は、客観的端的な事実資料の把握を目的とするものである。従つてそれ自体、積極的施策としての意味内容をもたず、又価値評価にかからしめるべきではない。しかるに「昭和三六年度学力調査の実施要領(小学校・高等学校)」と題する書面(昭和三七年押第二〇一号の八)によると、本件学力調査の目的は、児童生徒の学力の実態をとらえ、学習指導、教育課程及び教育条件の整備改善に役立つ基礎資料をうるものとされてはいるが、その問題作成の方針は、文部省の定める学習指導要領を基準とし、その目的は、学習指導要領に対する到達度をみる点にある。いうなれば、学力評価の一種である。であるからこそ学力調査実施要綱が、右調査結果の換算点を生徒指導要録に記入することを指示しているのである。

しかしながら、行政調査は、客観的事実・資料の把握を目的とするものであつて、それ自体積極的施策としての意味内容をもつべきでなく、又価値評価にかからしめるべきではない。更に、本件学力調査が、文部省当局において企画され、問題が作成されていることから、文部大臣にかかる試験問題の作成権があるかが問題である。

学力調査が、地教行法第五四条第二項或いは同法第五三条第二項の何れに基づいて行なわれたにしろ、右調査報告の提出要求は、要求を受けた教育委員会に報告の提出を義務ずけるものと解されるから、右試験問題が、文部省の学習指導要領に準拠して作成されたものであることは、間接には、右学習指導要領に法的拘束力を認めることを前提とし、ひいては、右学習指導要領を含む学校教育活動全体の教育計画、即ち教育課程の編成権が、包括的に文部大臣に授権されているものとみる見解を前提としてる。

成程、学校教育法第一〇条、並びに同法附則第一〇六条によれば文部大臣は、小学校の「教科に関する事項」を定める権限を与えられている。

しかしながら、前に既にみたように、教育基本法前文・第一条・第二条・第一〇条等の趣旨からみて、教育行政は、指導、勧告をその本質として、外的事項ないしは教育の外的条件の整備に止まるべきで、文部省も指導助言官庁として右の「教科に関する事項」も、これら外的諸条件をさすものとみるべきで、内的事項ともいうべき教育課程については、教師の教育課程編成権を不当に支配しない程度のごく大綱的な基準、即ち、教育課程基準設定権を有するにすぎないものと解すべきである。従つて学習指導要領も「教育課程を構成する場合の最も重要な資料であり基本的な示唆を与える指導書」としての意味をもつに止まり、法規命令としては効力をもちえない。

もつとも学校教育法施行規則第二五条には、小学校の教育課程については、学習指導要領によるものとすると規定され、学習指導要領に法的拘束力を認める見解に立つようにみられる。しかし右規則は、学校教育法第二〇条の前記委任命令に基づくものであるから、これをもつて学校教育法及び教育基本法の精神が改められたものとすることはできない。

しかるに本件学力調査は、文部省当局が学習指導要領に準拠して、試験問題を作成し、教育委員会に対して、報告の提出を義務ずけるものとして実施されたものであるから、結局、実質的な教育課程管理権を裏付けとしてその権限が行使されたことになり、正に行政権力たる文部省が不当に教育内容に介入したものという外はない。

以上要するに、本件学力調査は、形式的には、地教行法第五四条第二項に違反し、実質的にも、教育基本法第一〇条に違反するものであるから、その余の判断にまつまでもなく、実体法上違法性を有するものというべきである。

なお教育基本法第一〇条は、前記の如く教育行政の限界を示し、その反面として、教育の自主性ないしは教育権限の独立を保障するものと解され、学問の自由を保障する憲法第二三条及び教育を受ける権利を規定する同法第二六条にかかわるものではあるが、これらの憲法の規定が、当然に、教育行政の限界・教育の自主性ないしは教育権限の独立までも保障したものとは解すべきでなく、憲法上の保障より完全ならしめるために、教育基本法は、更に一歩すすめてその趣旨を拡張したものと解されるから、本件学力テストが、前記の如く教育基本法第一〇条に違反し、教育行政権限の限界を超え、教育の自主性ないしは教育権限の独立を侵害するものとして違法ではあつても、それが直ちに憲法の前記法条に違反するものとはいえない。

三、公務執行妨害罪における公務の意義及び本件テスト補助員の実施行為の公務性について。

刑法第九五条第一項は、単に「公務員の職務を執行するに当り」と規定するにとどまり、公務員の職務の適法性を犯罪成立の要件とするか否かについて何ら明記していない。しかし国家の作用も厳重な法的制約をうける一方、個人の基本的人権も最大に尊重されなければならないから、公務員の適法な職務行為のみが本条の保護を要求しうるものと解すべきである。

しかして本罪の成立するためには、いかなる程度の適法性を必要とするかは、どのような場合に、公務員の職務行為が刑法上の保護に値するかという観点から決すべきであるから、公務員の行為が、実体法上違法性を有するものであつても、そのことから直ちにその行為は刑法上保護すべき適法性を有しないと断定することは相当でない。

然るときは、職務行為に法令違反があり、不適法であつても、軽微な方式違反など効力に関係のない場合とか、或いは効力に関係のあるかしがあつても、それが重大にして何人の判断によつても、その存在に疑を抱く程度に明らかな場合なら格別、そうでなくして、一定の法的救済手続を経てはじめて無効とされる場合などには、その執行はなお刑法上保護する必要がある。もつとも、相手方に対して国家の権力意思を強制する場合は、国家自ら違法な執行行為を防衛するため相手方を処罰することは到底許されないから、その適法性を厳格に解すべきであるが、然らざる職務行為のときは、その適法性は比較的ゆるやかに解するを相当とする。

第四回公判調書中証人久留欽也及び同榎光太郎の各供述部分、(中略)によると、本件学力調査は、形式的には地教行法第五四条第二項に基づき、文部省が昭和三六年四月一五日福岡県教育委員会に対し、同年九月二六日における全国学力調査結果の報告を求めたので、同委員会は、前同法条に基づき、同年八月二三日付書面で、苅田町教育委員会に同様の報告の提出を求め、同委員会はこれを同法第二三条第一七号・第一号・第五号に関する事務として、同年九月二二日右調査実施の権限を同町教育長榎光太郎に一任し、同教育長は、そのころ、その実施を決意すると共に、苅田町教育委員会の名で同法第四三条第一項・第二項の監督権に基づき、前同日、南原小学校長久留欽也を右調査の実施責任者に前同月二六日、同町教育委員会事務局職員坂岡哲吉・同間馬富祐・同大石積男・同香椎哲明同塩塚美敏をいずれも右テスト補助員として同事務局職員末高政彦を右テスト補助員予備員にそれぞれ任命し、同校長は地方公務員法第三二条の、右坂岡哲吉外四名は、同条及び地教行法第一九条第五項の職務命令として、いずれも本件学力調査事務に従事したものであり、一応の法的根拠をもつて行われたことは明らかである。

ただ苅田町教育委員会の学力調査実施権限の法的根拠として、地教行法第二三条第一号・第五号・第一七号をあげることは、同委員会の学校管理権に帰するから、その権限の及ぶ範囲も、教育行政の作用して教育内容については指導、助言をこえることは許されないものとみるべきであるから、前記の如く本件学力調査が、教育内容に介入するものと解する以上、同委員会による実施も違法という外なく、かかる適法な実施権限のない同委員会により任命された校長久留欽也の学力調査責任者としての地位、及び坂岡哲吉外四名のテスト補助員の職務もまた違法となることは弁護人主張のとおりである。

しかしながら、本件学力調査は、右の如く法令の解釈に誤りがあり、その実質的内容において重大なる違法性を帯有するものではあるとしても、一般社会通念よりみて、その違法性は何人の判断によつてもその存在に疑問を抱く程度に明白なるものとはいい難く、従つて当然に無効とはいえない。

以上これを要するに、久留欽也及び坂岡哲吉外四名の本件学力テストの実施行為は、実体法上は違法性を帯びているけれども、結局これを公務執行妨害罪にいう公務と解するに妨げなきものといわなければならない。

第二、正当行為ないしは正当防衛の主張について。

弁護人は、教育基本法第一〇条に「国民全体に対し直接に責任を負う」とは、教育基本法の精神に反するような仕方で教育に直接間接に強制を及ぼすような行為に対しては、「他のいかなる機関の行為を待つことなく」自ら「直接」にこれに抵抗しこれを防止して民主教育の実賤を確保しなければならないことを、教師の法律上の義務及び権利として規定したものである。教育公務員たる教師は、憲法第九九条により、違憲的行為に対してはこれに抵抗し、この憲法の実現を確保しなければならない実定法上の義務を有する。本件行動はまさにこのような憲法ないし法律の実現のためのものである。又、被告人等は何れも福教組ないしは行橋京都地区労働組合協議会傘下の組合員として、当該組合の決定と方針に基づき行動したもので、正当な行為である、と主張し、さらに本件学力調査の実施は違憲・違法なもので、被告人等の行為は已むを得ざるに出でたる行為であるとして、正当防衛の主張をなすもののようである。

しかしながら、ここに「直接に責任を負う」とは、同法条前段に規定する「不当な支配」に服しないことと内容上表裏をなすものであつて、教育の自主性の尊重、ないしは教育権限の独立と同趣旨で、教育に関する責任の主体と、国民全体との間に何ものの介入も許さるべきではないことを意味し、「直接に責任を負う」との文言の中に所論の如き趣旨まで含むものとは解されない。

憲法第九九条の「憲法を擁護する義務」が、憲法違反の行為に対して抵抗し憲法の実効を確保するために努力することを意味するものであつたとしても、その抵抗ないし努力は、いかなる手段方法をも是認する趣旨ではない。被告人等の目的とするところが、教育の自主性或いは教育権限の独立を守ることであつたとしても、管理者の意思に反して、不法に建造物に侵入し、暴力行為に及ぶごときは、憲法違反の行為に対する抵抗の方法として認容されるものではない。

地方公務員たる教職員は、一般勤労者と異り、公共の福祉のためないしは地域社会全体としての勤務関係の特殊性から、団結権は認められているが(地方公務員法第五二条第一項)争議権は禁止され(同法第三七条第一項)、団体交渉も団体協約締結権を伴わないものとして認められているに過ぎないから、被告人らが福教組及びその支援団体員として組合の方針と決定に基づいて行動したものであつたとしても、その行動が直ちに正当化されるものではない。

次に正当防衛の主張についてみるに、本件学力調査が実質的に違法であるとしても、なお公務の執行として刑法上の保護に値するものであることは前述のとおりであるから、いわゆる不正な侵害ということができない。すると弁護人の右主張も理由がないことに帰着する。

第三、建造物侵入罪の成否について<略>

(無罪の理由)<略>

(田畑常彦 平川浩子 淵上勤)

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